便利な「お坊さん便」の販売停止求める全日本仏教会だが,それおかしくないですか

便利な「お坊さん便」の販売停止求める全日本仏教会だが,それおかしくないですか

全日本仏教会がAmazonにサービスを提供している「株式会社みんれび」のサービス「お坊さん便」の販売中止を要請している

理事長のお話だと「仏教界からは(Amazonが)宗教をビジネス化しているという批判が起こっています」

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「宗教行為としてあるお布施を営利企業が定額表示することに一貫して反対してきました。お布施は、サービスの対価ではありません。」と言った内容の文書をアマゾンジャパンと米Amazon本社に提出したと発表しました

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お布施ってなんだろうか

理事長によれば「お布施は、慈悲の心をもって他人に財施などを施すことで「六波羅蜜(ろくはらみつ)」といわれる修行の一つです。なぜ修行なのかというと、見返りを求めない、そういう心を持たないものだからであります。そこに自利利他円満の功徳が成就されるのです。」

ということです

お布施の解釈としては「お布施とは、僧侶へ読経や戒名を頂いた謝礼として金品を渡すこと,または、本尊へお供えするという考え方」ですね

でも一般の人の解釈は,お葬式や法事・法要を行った時、お寺へ差し出すお金等のことを、お布施と考え,お経を上げてもらった代金、つまり宗教的サービスの対価と思っています

昔のコトバに「花八層倍,薬九層倍,お寺の坊主は丸儲け」というコトバがあります

いわゆる「坊主丸儲け」は,お坊さんは読経(サービス)のみで「仕入れ(コスト)」がなく、お布施(売上)がそのまま利益になるということを揶揄しているわけです

このことを仏教界が否定しても「一般人」の考えが「このような考え方」していることは否めない事実です

また「本尊へお供えする」と言ってもウソっぽく聞こえてしまいます

お布施が不透明

過去から自分の家庭が◯◯宗だったという理由だけで仏教徒になっています

しかし,多くの方々はお寺との付き合いはほとんど疎遠になっています

まして今の方々は六波羅密などの修行を行っているわけではありません

しかし,実際に宗教に無縁の方でも法事・法要を行いたいと思います

そこでは「一般的」にお礼(お布施)を行わなければいけません

お布施の金額が不透明であるため不安に思ってしまいます

「金額が安いと適当にあしらわれるのでは?」とか「少なすぎると恥をかくのでは?」という不安を持っています

逆に「お金持ちでお布施を多く払った人のほうが良い待遇を受けるんじゃないの」という不信感をいだきます

自利利他円満ということは自利と他利が繋がって初めて円満になるということですよね?

つまり「お布施の金額が高いとそれなりに,お布施の金額が安いと安いなりのことしかできませんよ。だって,自利利他円満だから,お互いが円満な金額でないとおかしいでしょ」ということになりませんか?

いや,一般的にはそう思ってしまいますよ

改めて「お坊さん便」を考える

今回の文章の冒頭に「背景には、「読経してもらいたいが、お寺との付き合いがない」「お布施をいくら包めばいいのか不安」といった社会からの声があるといいます。」とあるが,まさにそこに尽きるのではないでしょうか

また,請け負うお坊さんやお寺さんにも「台所事情」があると思える

一般に、檀家数が1000を超えないと、本業だけでお寺を安定的に運営することはできないと言われている中,生活を考えると致し方ないことかもしれない

また,葬儀社の下請けみたいになっているお坊さんもいて,本お布施の半分以上を葬儀社に渡すお坊さんもいるといことを考えると全日本仏教会がいう「お布施」って何なんだと思えてくる

そんな中で今回のAmazonが取り扱っている株式会社みんれびのサービスは,金額が一律で,どの宗派にも対応でき,檀家になりたくないといった一般の人達の利益(りやく)と,お寺経営が厳しいので収入を増やしたいお坊さんの利益(りやく)が繋がって円満になる,まさに「自利利他円満」のサービスといえるのではないでしょうか

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